チロシン水酸化酵素(tyrosine hydroxylase: TH) は神経細胞内に取り込まれたL-tyrosineを、テトラヒドロビオプテリンを補酵素として3,4-dihydroxy L-phenylalaninel(L-DOPA)に合成するカテコールアミン合成の律速酵素である。THは基質特異性が極めて高く、α−メチルチロシンによる抑制や最終産物(ドパミンやノルエピネフリン)によって負のフィードバック機構として抑制されるほか、cAMP依存性酵素、Ca2+/カルモジュリン依存性酵素、プロテインキナーゼCによるリン酸化により活性化される。正常組織においては副腎髄質や交感神経節などの限られた組織でのみ産生され、神経細胞の成長及び修復機構などに関与していることが知られている。
 神経芽腫
(neuroblastoma: NB)は、副腎髄質や交感神経節から発生する胎児期の神経堤(neural crest) 由来の代表的な小児固形腫瘍である。また進行NBの染色体分析を行うと、しばしば第1番染色体単腕(1p) の欠失が認められ、さらに1p末端の1p36.1-36.2には共通欠失領域が存在する。NBは白血病、脳腫瘍に次いで頻度が高く、小児悪性腫瘍の約10%を占めるており、1歳未満で発見されるものの大部分は予後良好であるのに対し、1歳以降に発見されるものは、一般に化学療法・放射線療法・外科療法・造血幹細胞移植療法などの集学的治療の導入にも関わらず、予後が不良で、生物学的に異なる性格を示す。近年、NB細胞においてTHが高率に上昇していることが報告され、腫瘍組織中のTHの検出により、NBの診断に有用であると考えられている。また、より高感度にTHの検出が可能となれば、自家骨髄移植・末梢血幹細胞移植療法時の微少残存病変 (minimal residual disease: MRD) の混入の有無を確認することもできる。そこでAcid Guanidinium Thiocyanate and Phenol-Chloroform Extraction Method (AGPC) により細胞培養株からtotal RNAを抽出し、THmRNAReverse Transcription Polymerase Chain Reaction(RT-PCRを用いて増幅することにより、微少のTHを検出するための基礎実験を行った。この基礎実験を通してRT-PCR反応の条件の確立や検出感度の検索を行い、これをもとに、進行NB細胞の分子生物学的診断や造血幹細胞移植療法時のMRDの検索など、臨床に応用していきたいと考えている。
神経芽腫におけるチロシン水酸化酵素の発現検索